超雑読と趣味と

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【どこまでも救えない…】グレゴリイ・ベンフォード「光の潮流(下)」

耳の拡張は沼ですよ。

もうこれ以上はやらない(スペースがない)ですがね。

じゃないとほしいやつがサイズ合わないがザラになります。

 

 

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グレゴリイ・ベンフォード「光の潮流(下)」

光の潮流(下)
グレゴリ・ベンフォード

早川書房 1990年07月01日

by ヨメレバ

 

 

 

 

人類の火は消えつつ…

この作品はどこまでも救えない作品です。

なぜならば、圧倒的に人類側に不利だから。

そして今回はキリーンは実質ある「部族」の支配下に置かれ

ある条件においてキャプテンの座すら奪われてしまいます。

 

だけれども…

 

感想

読んでいくのつらくなーるやつでございます。

この作品そのものが確かに言われてみるとクラークの再来と呼ばれるのも

理解できるぐらいに独特の世界観を持っています。

時にそこに、哲学的要素も混じるんですよね。

 

おそらくですが、今回キリーンたちの部族を管理したものは

1巻の時にナイジェルの妻がはまって

やがてそれが彼の別れのきっかけになった

あの謎めいた組織だと思うのです。

 

そして時系列は進んでいき、

その慣れの果てとなったのが今回彼を支配した

「教祖」だと。

 

だけれどもキリーンたちはやがてこの教祖が

盲信的にさせているだけの存在だということを

理解してしまうのです。

つまり教祖たちだけ助かるようになっており

キリーンたちはメカたちに対抗するための捨て駒に過ぎないということ。

 

でも、実はもう1つ秘密があったりするわけです。

実というと、この教祖たちの所も

残念なことにメカにとって管理されるだけの駒だったということ。

 

一応それらの支配は、

1体のメカが<劣等生物>(人類のことね)に

以上なる何かを持っていることに気づいたため

彼らを束ねる組織に亀裂が入ったときに

その駒である教祖を殺したわけで…

 

その捨て駒でしかないという表現は

殺害された時の描写で明らかでしょう。

小さい男であった、ということ。

 

つまり駒として使えていた時には

教祖という存在だからこそいくらでも権力を奮え、

その意見を絶対として押し通せた。

 

でも死んでしまえば…部族も意味もなくなるわけで。

 

そして終盤にも意味深な部分が出てきます。

キリーンたちを救ったこのメカはどうやらかつて

人類を救った経験があるようなのです…

一体誰だ…?

 

いろいろとまだまだ疑問が残る中

さらに数を少なくした人類の逃避行は

続いていくのです。

 

おわりに

本当この作品、読むのつらくなるのに長いんだよなぁ…

だって終盤には大事な人が戦いで致命傷を負い

結局は命を落としてしまいます。

 

だけれどもキリーンたちにはある機能がありましたよね。

ただしキリーンはそれができませんでした。

大事な人を惹起させますからね…

 

これでシリーズも残り3巻(最終巻上下巻)

次も分厚いよ…でも読むYO!! 

 

糸冬了