超雑読と趣味と

乱数の女神の子らしく、誇らしくありなさい。

【身近で見た、母の姿】増田れい子『母 住井すゑ』

あるものを待ち続けて気づいたわ。

今日は来ねえんだよなぁ。

 

 

 

 

増田れい子『母 住井すゑ』
母 住井すゑ

 

 

 

 

牛久でのお話

この本は娘の目から見た、

母親の姿です。

冒頭、母の命の火が消えていく描写から始まります。

 

部落差別に目を向けた彼女。

そして、ほぼ自給自足の生活を行い

貧しいながらも輝く生活を送っていた彼女。

 

最後には、すごく考えさせられる

最後の対話が出てきます。

 

感想

この作品にはいってしまえば「信じられない」という

ある描写が出てきます。

 

一応忖度するつもりはないですが

うっかり書いてしまうといろいろと排除の憂き目を

見てしまうのは悲しいのでぼかして書きます。

 

母である住井すゑはあることに関しては

徹底的に排除をしていました。

今でもある日(今日のようなとき)には

あるものが出ている場合がありますが

彼女の家ではそれをしませんでした。

 

もっとも彼女の家は夫が病弱(重度のぜんそく持ちでした)と

お世辞に金銭状況がよくありませんでしたので

それを名目にしてそれは「ない」ということで

通したようです。

 

なぜそうしたかといえば…

夫婦が抱いていた理想と、その当時(今も)の現状が

乖離していたからに他ならないんですよね。

 

揚げ足取りだろ!!と感じることは否定できません。

だけれどもこの世界っていうのは理不尽で

富める者があれば、そうでないものもいる。

そして悲しきかな、卑しい身分である者は

卑しいまま、という理不尽まであるのです。

 

これを念頭に置くと

ある程度金銭事情があったとしても

母親はあまり旅行を好みませんでした。

特に故郷に帰ることは。

 

これに関しては著者のことを調べればわかるでしょう。

そう、その地域は被差別部落の差別が強いエリアです。

 

私も実は、被差別部落ではないものの

その人たちが従事していた職業であったが「ために」

理不尽な扱いを受けたということを知っています。

(これしかも平成の時代だからな、くそみてぇな理不尽だよ)

 

それがために帰らなかったんだと思います。

小学校か中学校の教科書にも出てきていて

そのために結婚を反対されたお話が出てきていたので

本当に記憶にあるんです。

 

暗い話ですよね…

ただし本編ではいろいろなものを作ってしまう器用だけど

時たまちょっとやらかしてしまう

心の器のおっきなお母さんなんですよ。

 

入用なものはきちんと遠征までして

買いに行っているぐらいですし。

本当に子どもたちを溢れんばかりの愛で包んでくれていました。

お顔立ちも本当にたくましく、やさしいお母さんなんだよな…

 

必読部分はおわりで触れますかね。

 

おわりに

読んでほしいなと思ったのは最後に出てくる

「さいごの対話」です。

ここに出てくる男性は痛ましい事件のあった施設と

おそらく同業の方だと思います。

 

そんな彼にも時に「純粋な心」をもつ

重度の障害を抱えた人が疎ましく思うことがあるのです。

私たちのような当たり前が通用しないのもありますからね。

 

だけれども、彼はそれでもはっと気が付いて

根底に「差別の意識が無意識にあるから…」と自覚するのです。

 

おそらく例の人はその差別の意識を省みることができず

それを増長させ、はけ口として使った結果

後戻りのできない事態になったのかもしれませんね。

 

そう思うと、差別というのは碌なもんじゃねぇよな。

 

おわり